2013年

昨年9月よりずっとブログを更新していなかった。

何も書くことがなかったわけではない。

いろいろなことがありすぎて、書くと筆禍を招くような気がして控えていた。

まあひとつひとつは大したことではなく、稽古に対する弟子たちの取り組み方だったり、突然無礼な連絡が入ったりといういろんな小さなことが起こり続けただけなのだが。

これも現代という非常識な人たちが生きていく中に自分が存在しているということで理解するしかない。




半月板損傷 その2

この3か月膝を使う動きを自粛していたところ、調子がすこぶる良い。

7月の合宿の際には、ひどい痛みだったのだが、8月の後半はみるみるうちに回復していっているように感じられた。

このままいけば、12月のハーフマラソンも無理ではない。そう感じていた。

しかしやはり、医者から手術を宣告された膝はそんな単純なものではなかったようで、この2、3日は以前に増して痛みがひどくなってきている。

こうなると面白いもので、ちょっとした動作や運動をするだけで、いかに膝がそれぞれの動きで大切な位置を占めているのかがわかる。

早い話、何をしても膝が痛むのである。

膝の痛みは、上り坂よりも下り坂の方がきつい。自分では下り坂とは気づかないような緩い坂道を、膝の痛みが「ここは下り坂ですよ」と教えてくれて初めて、そうであったのかと知る。

なんにも膝と関係ないような裏の捌きを行っていても、膝の痛みで全体の動きの関連性を再認識させられる。

合掌合蹠はもちろん、三拍子、肩立ちに至る足上げ、開脚、中足立ちほかの各体位法や各立ち方に至るまで、ほとんどの動きに膝が重要な位置を占めてることを感じさせられるのである。

とはいえ面白がってばかりもいられない。12月までもうそんなに残されていない。なんとかしなければ。

ということで、まずは少しでも負担をやわらげるために減量を開始することにした。

さて、うまくいくのやら。




2012年昇級審査

昇級審査の日程が決定した。

10月21日13時 北九州パレス

11月11日9時 練馬区中村南スポーツセンター

東京、大阪、福岡、北九州のどの道場に所属しているかにかかわらず、自分の都合に合わせて場所を選んで良い。




2012年7月21~23日第15回夏季合宿(2)

 

今回の合宿は沖縄県座間味村の阿嘉島でおこなったのだが、稽古の場所が近くに取れず、慶留間島公民館を使用することになった。

おかげで何故か第10回夏季合宿以来恒例となっているランニングを、阿嘉島の宿から慶留間島の公民館まで行うことができた。

恐ろしく強すぎる日差し対策をおこない、いざスタート。

まずは阿嘉大橋を渡り慶留間島へ。

それにしてもあまりにも周りの景色が素晴らしく、海を背景に走っているだけで、その姿がちょっとした絵のようになってしまう。

 

熱中症にもかからず40代50代のおじさんたちも無事完走。

とは言え、これで終わったわけだはなく稽古はこれからなのだが。







半月板損傷

最近ずっと膝の痛みがひどかったため、今月の初めに大きな病院でMRI検査をしてもらったところ、見事「半月板損傷のため手術」という診断が下された。

2か月ほど近くの整形外科に通いながら注射や湿布等でごまかしていたのだが、とうとう裏の捌きの指導で、屈伸や中足立ち、三拍子すらもできないありさまになってしまったのだ。

手術後は、1か月弱で松葉杖で歩けるようになり、2か月目に松葉杖が取れ、3か月目に軽い運動ができるようになるのが目安だという。入院も最低3週間は必要とのことなので、びっしりつまったスケジュールを考えると手術の実施は9月以降ということになる。

実は12月にマラソン大会に出場しようとしていたので、その旨を医師に告げると、やはり無理だとのお答え。手術日に関してはこちらの都合に任せるとおっしゃる。

とりあえず実家に置いてあった膝用の金属で補強された頑強なサポーターを取りに行って、現在はそれを装着して稽古指導を行っている。しかし、よくよく考えてみると、このサポーターを買ったのは20年近く前のことである。

あの当時も、医者にこそ行かなかったが、膝の痛みにはかなり悩まされた。もともとはフルコンタクト空手をやっていた頃の古傷なのだが、当時も歩くのに困難していたはずだ。

それなのに、いつの間にか痛みはなくなり、最近までランニングで20kmくらいなら普通に走れていた。
ということは、もしかしたらこの痛みも治る(ごまかせる)ことが可能なのかもしれない。

病院の先生も、痛みに関しては個人のものだから、我慢できるかどうかはその人次第だと言っていた。

MRI検査を受けた直後は歩くだけでもかなりの痛みが生じていたのに、実は昨日の稽古から、なんとなく調子が良い。今日も、昨日よりさらに調子が良い(様な気がする…)。

とりあえずマラソン大会に出ることを目標にじっくりじっくり治していこうと思う。目指す大会はハーフマラソンのみの大会なので何とかなるだろう。
12月まで、あまり時間はない。




稽古について考える その四

ニューズウィークに次のような興味深い記事が載っていた。

「外からの刺激だけだはなく、内面的なメッセージ(自分の考えや意思)によって脳に変化を起こすこともできる。ハーバード大学医学大学院のアルバロ・パスクアルレオネ教授が率いるチームは、このことを次のような実験で証明した。
  被験者は1週間、片手だけで弾ける曲をピアノで練習する様子を思い描く。すると右手の指の動きをつかさどる脳の運動皮質の領域が拡大した。つまり考えるだけで、特定の機能をつかさどる運動皮質を大きくすることができたのだ。」(ニューズウィーク日本版2012年3月28日号)

なんということだろう。イメージするだけで、実際に武術で使う体の部分の機能をつかさどる脳の運動皮質が成長していくのである。想像すること、考えることはやはり大切なのである。もちろん考えてばかり、想像してばかりでは身体的な技術の成長は難しい。しかし時間のない時、ちょっとした時間ができた時などに、頭の中でイメージを繰り返しておいて、じっくり稽古をできる時にそれを膨らませていけば良い。

実際に道場で伸び悩んでいる弟子を見ていると、思い込みや、自分の経験値に頼って動いていることが実に多い。指導者の意図することを聞いていないし、しっかり見ているようで実はまったく見ていない。裏の捌きや基本稽古では号令を聞かずに経験から来る予測で動いてしまう。

なにも知らない者はイメージすることはできない。海を体験したことがない者には海の碧さ、塩辛さ、雄大さ、荘厳さ、怖さなどなどをイメージすることはできない。

より良いイメージをするためには、やはり見ることが大切である。それは道場でもよいし、道場に通える状況に無い者は、指導を受けた時のことを思い出し、繰り返し心に思い描けばいい。それ自体が稽古になる。いざとなればビデオやDVDの映像もある。

常に心を真っ白にして向かえば、必ず得るものはある。
そしてそこからまた、新しいイメージする力が生まれるのである。




稽古について考える その三

考えながら稽古をすることが大切であると二回にわたって書いてきたが、ここで重要なのが想像力である。

仮の敵の動きを想像しながら、自分の動きをそれに合わせて行うのも想像力ならば、廣原先生の動きを道場やビデオでじっくり見て、自分の網膜にしっかり焼き付けておき、自分が動きながら稽古をするときに、頭の中で自分の動きに廣原先生の動きを重ねながら行うのも想像力である。

スポーツの世界では、ずいぶん以前からイメージトレーニングの大切さは認知されている。ウエイトトレーニングの世界でも、自分がどの部分を鍛えているか意識しながら行う方が効果的と言われている。競技スポーツでは自分が勝った姿を思い描きながら練習することの有効性も説かれている。
これは武道の世界でも同じである。

ただ漠然と稽古するのではなく、今自分が何のために、何を目的として、どういう理由でその稽古を行っているかを考えるのである。

何も考えずにがむしゃらに稽古をするのもいいだろう。しかし、それではある程度の進歩の後に必ず壁に突き当たる。そこそこ強くはなれても、所詮そこまでである。

心体育道の稽古において言うならば、仮に何も考えずに稽古を行って強くなれたとしても、それは心体育道の技術のおかげではなく、もともと持っていた自分自身の能力のおかげかもしれないし、それまで経験してきた武術、格闘術のおかげかもしれない。
それは心体育道をやらなくてもそれぞれの個人がすでに持っていた強さでしかないし、その強さには限界がある。

「稽古中は常にそれぞれの技の意味を考える」ということの大切さを理解してほしい。もちろんこれは稽古中だけとは限らない。実際に体を動かす時間のない時でも、頭の中でシュミレーションしながら脳内稽古を行うだけでもいいのである。

それに関しては実に興味深い実験結果がある。それはまた次回に。




合宿日程

第15回夏季合宿となる今年の合宿の日程が決定した。

7月21日~22日の3日間、場所は例年と同じく沖縄。
合宿の3日間は、たった3日間ではあるが、武道を学ぶ自分の姿を見つめなおすための大きな3日間でもある。

非日常の中で、脳の中をからっぽにして、大自然の下稽古することはそれ自体が「裏の捌き」でもある。

一年の中のたった3日間である。全員の参加を希望している。




稽古について考える その二

前回、道場稽古ができなくても武道家としてあり続けることは可能だと書いたが、ここではその中でも特に技術的な面での武の追求、一人稽古について考えてみよう。

一般的に格闘技の世界では、さまざまな人と一緒に稽古を行なうことで自分の技術を高め強くなっていくことができるということが一つの常識になっている。
言いかえれば「一人稽古では強くなれない。強くなるのに限界がある」ということである。
また自分より強い者と競い合うことにより、自分の能力がアップしていくとも言われている。
競技人口が多い方がレベルがアップするという考え方はそこから生まれたものである。
確かに競技格闘技の世界はそうなのかもしれないが、あながちそうとばかりも言えない。

実際、心体育道の創始者・廣原誠先生がロサンゼルスで指導をされていた頃、「まわりがあまり強くもない弟子たちばかりでは自分自身の稽古にならなくて、日本にいた頃のように強くなり続けることは無理なのではないか?むしろ弱くなっていくのではないか?」といった声を、日本で聞くことがたびたびあった。そのたびに私は「いえいえ、以前とは全く違った方向に技が進化し、より強くなっていますよ」と答えていたのだが、それは現在の廣原先生をご覧になれば一目瞭然だろう。

では具体的にはどのような一人稽古を行なえば良いのだろうか?
正拳突き千本、回し蹴り千本、腕立て伏せ千回、腹筋千回、サンドバック3時間、ウエイトトレーニングでパワーアップなどを繰り返せば良いのであろうか?
そのような稽古をただ繰り返しても、「正拳突きや回し蹴りが疲れることなく出し続けることができる力持ち」になれるだけで、武道の技術を高めていくことはできない。

一人稽古の方法といってもいろいろあるだろうが、最も大切なことの一つは「考えること」である。
ひとつの動きを行なうたびに、どう動けば最も効果的に相手にダメージを与えられるかを考えるのである。
むろんこの場合のダメージとは試合などを想定したものではない。せっかく有利な位置を取りながら、そこからハイキックなどを蹴りこんだのでは意味がない。
自分の体力を使わず、自分のバランスを崩さず、自分を常に有利な位置に置いたまま相手に最小限の動きで、最大限の効果を与えられる技を考えるのである。

そのためには常に想像力を働かせなければならない。相手の向き、足の位置、手の位置を想像しながら一人稽古を行なう。そして一つの技を繰り返し行うのである。この時、決して想像の中の相手を見失ってはいけない。見失うようなら稽古の速度を落とせば良い。そして徐々に速度を速め、どんな状況にも対処できるよう自分を訓練するのである。

考えながら技を繰り返し行い、最後には何も考えなくても技が出せるようになるまで続けるのである。

まずは心体育道の基本第一式~五式や、受けの基本、投げの基本、型などをベースに、相手を常に見失わないように想像しながら、繰り返し稽古することから始めてもいいかもしれない。