「オス!!」Part.4

稽古中に指導者の発する言葉に対して、そのつど「押忍!」と答えるのは当然であると先に書いたが、不思議なもので、この時の声の大きさが技術の上達と関係している。

絶対というわけではないが、これまで数多く指導してきた経験から、ほぼ間違いなく声の大きさと上達の速さは比例するといっていいだろう。返事や気合の声が大きな道場生ほど確実に強くなっていく。また、入門したての弟子が唯一先輩に負けない、それどころか勝つことができるのが、返事や気合の大きさなのだ。変に照れたりして声を出せない者は、なかなか上達するのは難しい。

最近、よく目にするのが、上司や先輩などに叱られている者が、叱られるととっさに照れ笑いのような笑いを出す光景である。何に対してのプライドなのかわからないが、笑うことによって現実と真摯に向き合うことを拒絶しているようにも見える。自分の間違いやミスをきちんと受け入れられない者は、もう前に進むことはできない。その時点で成長が止まってしまうのである。

道場で大きな声を出せない者を見ていると、それと同じような匂いが感じられるのだが、あながち的外れな思いではないだろう。

まあ、それでも結局は自分自身の問題だから、最後は自分で責任を取らなければいけないだけなのだが、これが道場だとまた違った問題が出てくる。

道場で古株にあたる先輩によって道場全体のレベルが変わってくるのだ。私の弟子に小さな声で返事をする者はいないが、それでも、より大きな声で返事をする先輩が多い道場のほうが、道場生全体の技術の上達が早い。

たかが声の大きさの違いだけなのだが、されど声の大きさの違いでもあるのだ。




「オス!!」Part.3

これも25年以上前のこと。当時、昇級審査を終えると、芦原先生は必ず黒帯の道場生を連れて食事に行かれていた。

いつもはラーメン屋や中華料理屋、焼肉屋が多いのだが、その日は何故か、今は無き赤坂プリンスホテルの最上階にあるトップ・オブ赤坂というラウンジに行くことになった。

朝から一日中審査のお手伝いをしていた我々はすっかり腹をすかせていた。

「カツ丼でも出してやってくれ」。フロアマネージャーに先生がおっしゃった。マネージャーは何故だか悲しそうに、かつきっぱりと「芦原館長、カツ丼はありません」と答えた。

「えーっ、カツ丼無いの!!じゃあチャーハンか何か。えっ、それも無い!なんでもいいからみんなに腹いっぱい食わせてやって。みんな腹すかせとるけんなあ」

運ばれてきた山のような乾きものを我々はしこたま食べた。この当時はとにかくいつも腹をすかせていたので、食べ物が目の前にあれば、腹がパンパンに膨れるまで食べ続けるのがつねであったのだ。

今日はこれ以上食べ物にありつくことは無いだろうと、全員が乾きもので、“もうこれ以上食べられません状態”になったころ、ラウンジの窓から赤坂見付の街をじっと見下ろしていた芦原先生がつぶやいた。「あそこに中華料理屋があるなあ……」。それから大きな声で「みんなまだ腹減ってるだろう。あそこに移ろう」

店はうまい具合に全員が座れるぐらいにすいていた。

「ビールと餃子。それからラーメン大盛りとチャーハン大盛り」。入るなり先生は注文された。そうか、先生はラウンジではあまり召し上がってなかったからお腹がすいていらっしゃるんだなあとぼんやり考えていたのだが、注文はまだ終わったわけではなかった。。

「それを全員に!!みんな食えるようなあ?」

一瞬の沈黙の後、我々は小さな声で「押忍」と答えた。

もちろん全員必死で完食したのは言うまでもない。




「オス!!」Part.2

四半世紀以上昔のことになるが、芦原先生から「うまい焼肉屋があるんで行こう!」と声をかけていただいた。

当時、東京本部のあった西新宿から、先生と何人かの道場生で歩きながら新宿三丁目方面に向かったのだが、目的の場所らしきあたりに着いたころから先生が「あれ」「おかしいなあ」とつぶやき始めた。

そして我々は新宿通りから三丁目あたりをぐるぐるまわり、靖国通りに出て、区役所のあたりまで来て引き返す、といったことを何度か繰り返した。道に迷ったのである。

「確かこの辺なんだけどなあ」とおっしゃる先生に、道場生たちは常に「押忍!」と大きな声で答えていたのだがなかなかお店は見つからない。当時大学生だった私は、焼肉と聞いて心うきうきだったし、他の弟子たちも似たり寄ったりであった。

「いやあ、ついこの間来たばかりなんだけど、コブクロがうまい店なんだよ」。先生はその店がいかにいいお店かを説明しながら歩き続けるのだが、やはり見つからない。「ビルの一階だからすぐにわかるはずなんだけどなあ」

どれくらい歩いただろうか、当然先生が大きな声で「そうか、わかった」とおっしゃった。やっとお店の位置を思い出したのかと道場生の間に安堵の雰囲気が、一抹の不安を含みながらもかすかに漂った。

「ビルが無くなったんだよ。やっぱり東京は移り変わりが早いけんなあ。ちょっと見らんうちに潰れたんだな。ビル自体が無いけんなあ」

道場生全員が力を無くした声で、「押忍(……そんなはずはないです、先生)」と答えた。




「オス!!」

空手の世界では返事は「押忍(オス)」である。理由は諸説あるが、まあ本当のところはわからない。

応援団の世界も返事は「押忍」であるが、この理由はまったくもって見当もつかない。

芦原空手時代、芦原先生が上京すると、ラーメン屋、焼肉屋、中華料理屋、ラウンジバーなどなど、いろんなお店に連れて行っていただいた。

芦原先生は話上手なので、ずっと話をされている。その間、道場生の返事は「押忍」のみである。意見を求められても「押忍」と答えると、「そうだよなあ」と芦原先生には納得していただけた。

「押忍」ですべての感情も表現するのである。これを弟子たちの間では≪押忍の五段活用≫と呼んでいた。納得した場合や明快な返事の場合は大きな声で「オスッ!」。聞き取れない場合などは首を前に出しながら「オス?」。よくわからない場合や、知らない場合は小首をかしげながら小さな声で「オス……」などである。

ごくまれに弟子から、「“押忍”はどんなタイミングでいえばいいのですか?」などといった、まことにマニュアル世代そのものの質問をされる時がある。そんな時は「返事というものは相手が言葉を発したら必ず対応して戻すものだ」と答えるようにしている。もちろん稽古中においても同じ。指導者が言葉を発すれば必ず返事を返すのは、人として当然のことなのだが、今の時代はそこからまず教えなければいけないのである。




夏の思い出

気が付いたらもう冬の足音が。

ずいぶん前のようにも感じるが、今年の夏は廣原先生と、佐渡で道場を開いている円誠塾の伊藤泰三塾長のもとを訪れた。伊藤塾長は芦原空手時代の後輩で廣原先生がL.A.に渡るときに一緒に成田まで見送りにも行った(実のところ伊藤塾長に言われるまですっかり忘れていたのだが…)。

ひさしぶりに夜更けまで痛飲!実に楽しい酒だった。初めての佐渡だが、ほとんど何も見ずに帰ったのは残念だった。

伊藤塾長からのお土産はなんとトンファー!!

飛行機では当然機内持ち込みはできないので、荷物を預けて機上の人となった。